Lens/creative strategy
以前、僕のメンターであるクリス・ライリーと会話している中で、「君が『欧米的』と認識しているものの大部分は『キリスト教文化的』なものだよ」と教えられてハッとした事がある。
確かに日本と対比する相手として「欧米」というのは地理上の区分にすぎず、文化的な考察をするにはあまりに雑で、漠然としていた。
あらためて日本という国の文化的個性を考察する際、キリスト教的世界観、あるいはイスラム教、ユダヤ教も合わせたアブラハムの一神教的な世界観との対比で見ると、くっきり浮かび上がってくることが多い。
忘れがちだが、日本は侵略による自国文化の破壊や他言語使用の押し付け、外圧による一神教化の強制を受けることなく、土着的な多神教が残ったまま近代化し先進国化したほぼ世界唯一の例だ。戦後、生活文化の多くが洋風化される中、言語体系や宗教観は欧米由来の上書きがなされなかった。母国語で高等教育を受け、一流企業で仕事できるから、英語なんてできなくてもいい。
日本語。曖昧さや解釈の余地を多く残し、感覚の伝達能力に優れた独自の言語が、独自の世界観や思考、倫理観を育んできた。それは曖昧ゆえに包摂的で、感覚的ゆえに論理や規範や立場を超えて人を結びつける柔軟な力を発揮する。日本的な宗教観も、そうしたしなやかな感性の上に成り立ってきた。
この世界はいろんな神様が時に争いながらも共存してできている。だから時と場所、場合に応じて様々な神様に手を合わせ、祈る。お地蔵様などには畏怖よりも慈しみの心で接したりする。神と妖怪の境界だってあやふやだ。クリスマスのあと除夜の鐘を聞いて初詣に行く。日本人にとっては普通のことだが、世界にはそういう態度に眉をひそめる人も多いだろうし、下手をすれば敬虔な信者に激怒されかねない。
妙心寺退蔵院の松山大耕さんが、こうした日本人独特の宗教的な節操の無さを考察して、日本人にとって信仰は「Believe」ではなく「Respect」だと言っていた。
確かに僕らは、優れた職人芸を神業と崇め、友達に「神」と言って感謝したりする。この感覚はリスペクトだ。まさに神様は多様。みんな違って、みんな偉いのだ。
さて、ブランディングの目的として「信奉者」を作る、という視点がある。単なる消費者・顧客を超える熱狂的な支持者を作り、伝道師として布教活動を担ってもらう、という考え方。
カルトブランディングという概念もあるようだ。
こうした宗教的なレトリックが用いられるのは、社会の豊かさが増して人々の欲求がより高次元の精神的なものに向かったことと、デジタル技術によるコミュニケーションの双方向化・民主化で、人々が能動的な発信者となったことが深く関係している。
かつて、人々の個性や能動性を考慮しないことで成功してきたマスマーケティングの発想では、軍事戦略や武力のレトリックが多く用いられた。軍事戦略の目的は制圧と統治。市場シェアは領土に置き換えて戦略・戦術をイメージしやすかったし、プロパガンダ的な広告コミュニケーションも機能した。工業生産力で軍事・経済ともに世界一の大国になったアメリカ発の思考には説得力があった。
ところがこうしたレトリック、僕は頭では理解できても、どこかに生理的な拒絶を伴う違和感が残るのだ。戦争放棄国の日本でビジネスやマーケティングを軍事に例えるのも好きではなかったが、宗教的な表現はさらに心理的な防衛機能が働く。
それはアメリカンジョークの居心地の悪さや、人種差別に対するセンシビリティに触れた時の戸惑いにちょっと似た感覚で、きっと「宗教」との向き合い方の違いによるものだと思う。
カルトという言葉には警戒感が湧く。熱狂した人とは冷静になるまで距離を置こうと思う。エバンジェリストを「伝道師」と直接的な日本語にして企画書に書くのはどことなくためらわれる。
それはオウム真理教や統一教会に端を発した事件からの不穏な連想の影響もあるだろう。盲目的に何かを信じて他者も同調させようと熱心に活動する人には危うさを感じるし、人々を熱狂させようと目論む存在にはつい邪悪さを予感してしまうのだ。(人々が結果的に熱狂する作品を創るピュアな神アーティストはリスペクトするけれど)
そういう意味では、ブランドへの能動的な関係性を織り込んだ顧客のあり方として「推し」という感覚はしっくり来る。
伝統的な「タニマチ」の感覚に近い。かつては豪商など金持ち旦那の道楽だったものがデジタル時代になって民主化・クラウド化されたと考えるとわかりやすい。ただ好きだと言うだけでなく、自分もその対象に影響力を持つ支援者としての関係性に自己実現を見出す投資活動だ。表面的には直接的なリターンを期待しない献身・自己犠牲的な行為にも見えるが、実は精神的な充足感という究極的なリターンを得るものだ。
そこで、「推し」の感覚をブランディングに持ち込み、“クラウドブランディング”の基盤となる方法論や発想法を整理しようと、参照すべき専門知識やメソッドを探ってみた。今、実際に人を動かしている現場の人からの一次情報が欲しいので、学者やマーケターが書いた本などはあまりあてにならない。
現象としてはエンタテイメント領域にたくさん事例があるが、いかにもとりとめがないので、ある程度ビジネスとして組織化・体系化された枠組みのあるものを探ってみて、まずハリウッドのシナリオライティングのメソッドに行き当たった。さすが、銀行家がシナリオを読んで投資判断をするというハリウッドだけあって、主人公に感情移入して共感と応援の心理を作るための実践的なノウハウが整理されており、かつ作品そのものが成果物なので事例として見た時にエッセンスがわかりやすい。
そこに行動喚起の要素を重ねるために、AKBやBTSなどアイドルユニットのファンダム形成法も考察してみたが、面白いことにこれらを一般化すると、何度か取材した歌舞伎町のホストクラブで教えてもらったテクニックと共通する部分が多いことに気づく。
ホストとはまたずいぶん卑俗な例で、学者の先生には馬鹿にされそうだが、そこにはむき出しのリアリティがあって、何らかの真理の存在を感じている。
これはまた次の機会にここにまとめて書いておこうと思う。
ちなみにホストのノウハウには他にもベンジャミン・フランクリン効果に通じる『M度判定のテクニック』なども存在していて、行動デザイン上もとても興味深い。
昨今、ホストクラブ界隈は売掛問題で悪いイメージもあるが、振り込め詐欺のシナリオを考える犯罪者に高齢者インサイトをとらえた行動心理の才能を感じてしまうように、犯罪との境界にはビジネス目線で考察に値する題材が眠っている事が多い。これはNakedCommunications創設メンバーのアダム・フェリエ(犯罪心理研究者)から教わったことだ。
そしてさらにその被害者側を考察すると、精神病理との境界(愛着障害など)にはインサイトの宝庫がある。
ヒトラーはプレゼンテーションの天才で、第一次世界大戦後の恐慌で病んでいたドイツ社会を大きく動かした。あの賢明で堅実なドイツ民族をだ。
よく切れる刃物は何にどう使うかが問題なのだ。
まさに降れば土砂降りで、この2〜3ヶ月ほどの間にそれまでの半年分以上の仕事が集中したところに、半ばライフワーク化しているHONDAの仕事も再稼働して、久々にめまいがするほど忙しい日々でした。宣伝会議のセミナーに加えてBOLDの勉強会を始めたり、博報堂のマーケ同期会の幹事をやったりして自分で首を絞めていたりもしたのですが。
でも、積まれるスピードをぎりぎり上回るペースでなんとかこなし続けて、やっと今週くらいからin/outのバランスがとれるようになってきました。
長期視点で深くコンセプトを考える仕事、健康医療系の難しい仕事などが多くて、たくさん頭を使い、運動した後のような疲労感を感じたので、オーバーロード理論で言えば脳がだいぶ鍛えられたかも。
かつ、気分転換に腕立て伏せをしたり、たまに登山に行ったりしてたから、この歳でフィジカルもだいぶ強くなりました。
あと、先月資生堂さんの企画でやらせていただいた大学生のワークショップや、BOLDの若いメンバーとのやりとりでは、彼らのものの見方や世界観にハッとさせられることが多く、感性の面も刺激されてリフレッシュされるのが心地よい。
という、大変だったけど充実していた日々でした。
まわりでも夏以降忙しくなったという人が多くて、あちこちでいろんなことが動き始めたんですね。
02/08/2021
昔、John.C.JayがKUMONの仕事に触れて、「立派なTVCMを誇るんじゃない。子供たちが毎日手にする鉛筆や消しゴムに入るロゴをデザインしたことを誇るべきだ」と言っていたことが、僕はずっと記憶に残っています。
広告の仕事とブランドの仕事の重ならない部分のことを言っていて、僕はそこに未来を感じたものです。
その後、中小機構のアドバイザーを務めるようになり、本業である「広告」という手口をほぼ封じられたときに何ができるんだろう、というテーマは、自分なりの挑戦の連続でもありました。
石垣島で木工所を営む東上里社長と出会ったのは、2018年に中小機構沖縄で行われたビジネスセミナーでした。
ご自身が営むうえざと木工内に「WOODLUCK」という名の工房を作り、今ではほとんど使われなくなった「島材」を加工していろいろな木工品を制作する、実験的な試みをされているとのことでした。
森林が豊かな石垣島には70種ほどの沖縄固有の木材があり、資源の乏しい島の生活と文化を支えてきました。ところが近代化の中でだんだん、安くて加工しやすい輸入材に押されて、クセのある島材の需要は減少していったのだとか。
開発の中で樹種自体が失われるものまで出てきて心を痛めていた東上里さんは、残された貴重な樹種を再発見して保護する活動のかたわら、材が均質でなく扱いにくい島材を、その個性を生かす形で加工・製品化して販売する挑戦を始めました。
そしてこれに共感した様々なバックグラウンドの若者たちが全国から集まってきて、木工所の本業のかたわら創作活動を続けていたのです。
社長の悩みは、そうした若い職人たちは、それぞれに情熱はあるのだけれど「自分は何のために何を創作するべきか」という目線がばらつき気味で、制作物が多様なのは良いけれど気まぐれなものの寄せ集めに見えてしまっているということでした。
島材の利活用はこのブランドの存在意義を文化の視点から形作るものですが、経済の視点からは明らかに効率が悪い事業。この取り組みを通じて、本業への期待や持続性が強化されるようにしなければ、この活動は続きません。工房が生み出すものは「売れるもの」であることは重要ですが、同時に島材の今日的な意義を問いかけるものであるべきです。
多様な個性による創作は、そうした目的意識をふまえた上でなされるべきです。
ブランドの出発点である島の木への思いを、若い世代が自分ごととして感じ、深めることがきっと役に立つ。
そう考えたときにふと頭をよぎったのは、島の木には何か語るべき物語があるはずだ、という仮説でした。
石垣島の工房を訪ねて社長と職人さんたちとのワークショップを重ね、木と人の関係について、安いものを大量に作って大量に捨てる文化について、石垣島の植物相の豊かさについて、八重山という土地の生活と文化と木の役割について、島材を扱う大変さと面白さについて、など、時間を忘れて話し合うのは実に素敵な体験でした。
そうした議論の中で、貧しく資源の乏しい八重山の暮らしの中で人々は島の木を大切に扱い、工夫を重ねて共存してきたことや、神・妖怪・人の区別があいまいな沖縄では、ごく自然に島の木にも人格を見出し、そのキャラクターを物語として語り継いできたことを確認しました。
それは島材が扱いやすい便利な材料としてではなく、リスペクトし共存する対象として島の生活の中で存在し続けてきたことを表しています。
それこそが、自分たちが創作・制作活動によって後世に伝えるメッセージだ、という思いが揃いました。
そうした物語を語れる人はもうほとんど残っていませんが、唯一、自らも工房を営むトマイさんという仙人のようなおじいがいて、島の木のことは誰よりもよく知っていると言います。それらの物語が忘れられる前に自分たちで話を聞き出し、記録しておこうという発想が生まれ、競合でもあるはずのトマイさんの工房に若い職人さんたちが通って、島の木の話をひとつづつ聞き出し、書き留めるという作業がコツコツと続けられていきました。
中小機構の公的支援終了後、僕は引き続きリブランディングとwebサイト再構築を手伝うこととなり、盟友の佐藤哲康君と辻本忠さんとのチームを組んで、WOODLUCK改め”KATARIGI”という新ブランドを立ち上げ、石垣島への取材で見つけた権現堂の麒麟の絵と船造りに使う部材の「チギリ」をモチーフにしたロゴマークも作成。
そしてこのたびそのKATARIGIから、「島の木の物語」と「島の木の図鑑」という二冊の本を刊行したという知らせをいただきました。
ほとんどは学校などへ寄贈されるとのことで、これは利益を上げるための事業ではなく、話題作りのためでもなく、かと言って慈善事業とも違い、ブランドとしてやるべきことを貫くという純粋な姿勢からの活動。
KUMONの鉛筆のように地味ですが、未来につなげる文化遺産として大きな意義があるものです。
こうしたことは大手企業でもなかなかできるものではありません。
こうしたことに関われ、多少なりとも力になれたことを誇りに思います。
(写真は機構アドバイザーの池村さんが送ってくれた、記者発表会の時のものです)
最近、書きにくい仕事が多くて備忘録の役に立ってない・・・。
今動いているのはブリジストンのワークショップ企画提案にクラレの企業広告プレゼンサポート。あと、SBGのグローバルサイト統合に関して、SFのStudio Mococo(旧Mococo Muse)のGabbyから連絡をもらい、契約を結び直して東京側対応をサポート。
JR-Crossはコーポレートボイスのインナー向け浸透施策の企画。
クライアントからはこれといったオリエンがなく、マネタイズできるかどうか不明ですがなぜか僕だけはフィーの保証もないまま稼働(笑)
BOLDではTee-chiのスキル投資のフレームが固まりつつあるのと、延期になっているOIST訪問に向けた会社案内の英訳を進めています。
英訳では、ブランドのタグライン「どこかの素敵を世界一にしよう」を英語化するにあたって、LAにいる元W+Kのコピーライターをアサインして英語コピー開発をしてもらうことになりました。
いいコンセプトだからただでいいよ、と言ってくれて嬉しいものの、さすがに悪いので少しお金を払うことにしました。
・・・と、なにやらそれなりに忙しい今日このごろです。
SPECIALのUberEats案件がちょうどクリエイティブ開発ステージに入って小休止状態なのが救いと言えば救い。
宣伝会議では、先だって急逝された宮澤節夫さんの代役で大塚製薬の企業研修を急遽担当することに。コミュニケーションデザインと聞いていたのだけれど、実は営業向けの商談力強化のためのものなので、手持ちネタのプレゼンテーション研修をアレンジして対応することにしました。
今日は本当なら宮古島のしまとうふ社第三回目支援の予定だったのですが、コロナを考慮して製造現場見学がだめになったのと、予定していた航空便が欠航になって振替に手間取ったので直前にキャンセルして来月に延期。
代わりにリモートでフォローアップして次回につなぐことにしました。今日は現地のウェブ制作会社セルリアンの人にも参加してもらい、段取りを打ち合わせ。
ローカルあるあるで、いつもは企業側からこれといったブリーフィングはなく、彼らなりにいろいろ工夫して考えてあげていたようで、たしかにそれではなかなか戦略的にデザインされたものは難しいだろうなあと思います。
ローカルのビジネス環境では、事業者から制作会社へ直接発注というケースは非常に多いはずなのですが、戦略的に整理されたクリエイティブブリーフというものを行う習慣はほぼ皆無な気がします。というか、公的支援機関やコンサルも含めてそういう発想もスキルもない。
今回はタイミングが合ったので支援の三回目として僕がブリーフィングをして見せることになり、特例として追加の第四回支援も設定してくれるようなので、制作会社から上がってきたものにフィードバックも返せます。
そういう段取りを話すとセルリアンの人はちょっと張り切って見えたので、力を合わせていいものができるといいなあ。
ブリーフィング次第で制作スタッフの能力発揮は半分にも倍にもなると思います。ここを強化できるうまい方法があると地域経済の活性化には大きな力となるはずなんですが、機能として表にみえづらいだけに、なかなかそういう方面に予算がまわらないのがつらいところです。
いくら補助金を出しても戦略性の薄い単発のプロモーションイベントみたいなことでは継続性がなくて疲弊してゆくパターンが多いのですが、予算は年度単位での消化が求められるからどうしても短期的にわかりやすい成果物を見せられるものに流れがち。
せめて対空時間の長いWEBサイトくらいは、ブランド戦略にきちんと根差した作り方ができるといいなあと思うので、今回いい前例を残すことが僕にできる最善の策だと考えています。
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